キャンパスの外にある学びを探しに!
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201503/02

日本人も外国人も笑顔になれる場所を、志を共にする仲間とつくりたい

東北支援学生団体JoyStudy 元代表 金子隼大


2015年3月1日、ひとりの大学生がフィリピンに発った。「自分のために引いた図面」を、実現する第一歩を踏み出すために。東日本大震災の復興支援を行う学生団体「JoyStudy」の2014年度代表を務めた金子隼大君は、これまでの大学三年間を「間違いなく濃かった」と振り返る。これから一年かけて、フィリピンとロンドンで、もっと濃い一年を過ごす予定だ。現地での生活を本日からスタートした金子君に、応援の意味を込めてこのインタビューを送りたい。

日本建築が好きだという金子隼大君(歌舞伎座前で撮影)

オトンがつくった空間で響き合う笑い声を聞いた

僕の“オトン”は、結婚して最初の子どもが生まれる前、「男の子が生まれたら独立しよう。女の子が生まれたら、このまま会社で上を目指そう」と考えていたらしい。そして「僕」が生まれた(笑)。そんなオトンはいま自分の会社で、日本の原風景を大切にした、美しくて懐かしくて温かい、「すごいお風呂」をあちこちにつくっています。

中学のとき、オトンと一緒に、オトンがつくったスーパー銭湯に行ったときのこと。ボケーっと湯船につかりながら、「へー、これがオトンのつくったお風呂か」と思いにふけっていると、子どもの笑い声が耳に入ってきた。オトンがつくった空間で響き合う笑い声。そしてそれをやっぱり笑顔で見つめる大人たち。さらにそれを嬉しそうに見るオトン。「自分もこんなふうに人を笑顔にしたい!」って思ったその日から、オトンがただのオトンじゃなくなりました(笑)。

オトンの背中を見ながら、同じ道を歩んでみようと決心。大学では建築学を専攻すべく、受験勉強したもの、滑り込んだところは建築学科じゃなくて、都市環境デザイン工学科。まあこれも何かの縁かなと思っています。

「人を笑顔にしたい」という自分の軸を追求したい

文化がそれぞれの国の関係を見直すきかっけになれば

上海に初めてオープンした日本型のスーパー銭湯を施工したのが僕のオトンの会社で、二号店を準備しているとき、僕も上海に行ってオトンの現場を見てきました。すでにオープンした一号店で見たのは、きれいなお風呂でうれしそうには水をかけあってはしゃぐ子どもたち。日本だったら「迷惑だなって」しかめ面されそうなその光景に、みんなが温かなまなざしを注ぎ、一緒に楽しんでいました。「なんか人間っていいな。ここには愛があるな」。政治の上では冷え切った日中関係だけど、そこにいた中国の人たちは温かかった。欧米人の姿もあり、裸になれば身分も国籍も関係なく、みんな同じだと思ったら、コミュニケーションや相互理解の場として、お風呂に新たな可能性が見えてきました。なんだかいろいろなことがつながって、興奮したり感動したりで、涙が止まりませんでした(汗)。そして、中学生のときに思った「人を笑顔にしたい」という原点に再度立ち返りました。

海外で、日本のお風呂を大喜びで楽しんでくれる人たちがいる。だったら、日本の素晴らしい文化をもっと海外に伝えることで、日本に目を向け、日本を好きになってくれるかもしれない。また、そんな日本文化に親しむ人たちを海外で見かけたら、僕が感じたように、その国に対するイメージを変える人が増えるかもしれない。そう気づいたとき、「日本文化を国内外に発信したい」という気持ちが強くなりました。

日本の風情たっぷりの上海にあるスーパー銭湯「極楽湯1号館」

同じ「志」をもつ親友との出会いが僕をいっそう駆り立てた

あるとき、知人の大学生が紹介されたネット記事を読み、初めて彼の考えを知りました。彼は石川県輪島市出身で、地元でも有名な輪島塗工房の長男。自らも輪島塗に愛着を持ち、それを世界に広めたいという夢を語っていました。そのとき、同じ目線の大学生に出会えたという気持ちでうれしくなり、すぐに連絡して自分の思いもぶちまけました(笑)。そしていまでは、自分たちが好きな伝統工芸や日本文化を、そこに携わる人びとの「生き様」ごと世界に、そして日本に広めるという使命感をもち、将来一緒に仕事ができたらと、ワクワクしています。

日本の良さを海外に伝えるためには、こちらのエゴを押しつけるのではなく、いかに現地の文化や風習に溶け込むことができるかが大切だということを、上海のお風呂で学びました。文化は広がり、やがて交流が生まれます。それに気づいたとき、じゃあ、自分にできることは何かを考えようになりました。世界を舞台に「僕にしかできないこととは何か」と。

「図面を引く」ことは世界共通の言語。そして、そこに英語という言語をプラスすることで、世界で勝負できるんじゃないか。自分自身で日本の古きよき文化や伝統を世界に伝え、そこで人びとの笑顔を作れないだろうか。しかも僕らしい方法で。

世界を舞台に「僕にしかできないこととは何か」を考えたい

将来の夢をかなえるためのツールを手に入れるために海外へ

こうして僕の方向性は定まりました。「海外に行こう」。これがまず僕が出した答え(笑)。1年間休学して、海外留学を決意しました。

美しい景観を見るのが好きだった僕は、地元にいたころ、京都をよく訪れていました。日本建築の美しさは、梅や桜、新緑、紅葉に加え、ウグイスやセミ、鈴虫などの鳴き声といった、四季を感じる風情とが織り成す独特なもの。そして、そうした日本文化が息づく「お風呂」は、建物の外観、浴槽、畳、光の具合、設えなどすべてが奥ゆかしく、美しい。

このように建築には、たくさんのデザインが詰まっています。そして僕自身、ファッションや写真、絵画など他のデザイン分野にも関心があります。そのため自分の可能性を広げるため、あらゆる分野の芸術やデザインに触れることで、自分なりの建築観のプラスになるのではと考えました。そして、建築やデザインの本場であるロンドンで学びたいと思うようになりました。ただ、建築を本格的に勉強しようとしたら3年間はかかる。だから、限られた時間で学べることとして、ロンドン芸術大学(UAL)でさまざまな分野のデザインを学ぶことを選択。さらに、英語が中途半端なままで行っても効率よく学べないと考え、1年を半分に分け、まずは徹底的にフィリピンに語学留学して英語を武器として身につけ、その後ロンドンへ行くという計画を練りました。

いまの自分の思いを後輩に伝え、将来振り返られるよう文章を綴りたい

自分の夢や将来を考えていたのと平行して、東日本大震災の復興支援を行う「JoyStudy」という学生団体に所属し、代表を務めていました。この団体の活動の柱は3つあり、「現地ボランティア」「啓蒙活動」「金銭的支援」です。「楽しく自分たちにできることをする」という理念と、「東日本大震災の被害にあった人のニーズをなくすこと」という目標のもと活動していました。

学生団体の弱点は、代表の任期が1年だということ。やっとわかったところで引退です。そのため、組織の軸がぶれやすいんです。僕がどんなに自分が経験したことを次の世代に伝えても、彼ら自身が経験しないとやっぱり彼らからは発信できません。組織が継続、発展するためには、毎年新しいことに挑戦することも大切ですが、これまでの歴史のようなものを引き継ぐ必要性も強く感じているため、僕の経験値を次の世代に継承したいと考えました。

そこで、間違いなく濃かったこの3年間をきちんと記録して、電子書籍化したいと考えています。それを読んでもらうことで、後輩たちに僕の思いを伝えられればと思っています。さらに、僕自身がきっと将来いろいろな悩みや壁にぶつかるはず。でもその原点はきっといまの僕だから、それをぜったいに忘れたくないんです。自分の原点を振り返るためにもこの作業がいまの僕には必要なんです。

一年後どんな風に成長しているかも分からないし、さまざまな価値観に触れるなかで方向性が変わることもあると思います。それでも原点である、「人を笑顔にしたい」「日本文化を国内外に発信したい」「自分にしかできないことをする」という気持ちを忘れずにこの1年間全力で学び生きたいと思います。

編集後記

「インタビューっていいですね。自分の話したいことを遠慮なく話すことができて!」と嬉しそうに言ってくれた金子君。「人を笑顔にしたい」という彼の思い通り、話を聞いているこちらも笑顔になった。最近、日本の伝統文化や伝統工芸に目を向ける大学生が増えたような気がする。でも共通しているのは、その先に「世界」を見据えていること。グローバル人材って言葉は好きじゃないけど、そんな響きがするインタビューでした。


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