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201409/30

Ki-yo SPECIAL TALK & LIVE for 【NOIZ】Vulnerable。もっとありのままに。もっと無防備に。

Ki-yo(シンガーソングライター)


2014年初秋、いままさにNOIZとしてスタートを切ったばかりの運営・協力メンバーに、嬉しいプレゼントが届いた。アメリカ・ロサンゼルスを拠点に活躍するシンガーソングライター Ki-yo さんのスペシャルライブだ。「世界を見よう、アグレッシブに動こう」というNOIZのコンセプトに、ぴったりだということで実現した今回のプライベートライブ。歌声はもちろん、トークもただひたすらに、優しく、力強く、私たちの心に響いた。

好きなことをしたいなら、行動するのは当然!

Ki-yo は、2000年頃に日本で活躍した実力派シンガーだ。高校時代、清貴としてデビューを果たし、3枚目のシングル「The Only One」がドラマの主題歌となり40万枚のヒットに。さらに現在も続く、某有名音楽番組に出演するなど、それはまるで映画か漫画かのように順調に、彼は夢の階段を駆け上がっていった。しかし2010年、Ki-yo はニューヨークへと活動の拠点を移す。日本の慣れ親しんだ環境を捨てて、だ。

当日、Ki-yo  は、音楽に興味を持ったきっかけからデビューの経緯、そして渡米に至った決意と、ニューヨークでの活動について、ていねいに語ってくれた。Ki-yo  の歴史は、音楽の神に愛情を伝える日々の積み重ねに聞こえた。日本での地位を捨てて渡米と書くと、大げさに聞こえるが、本人の中では、子どもが舞う蝶々を追いかけるような、自然で、無垢な行動だったようだ。

「音楽って純粋なものが見える。英語で“vulnerable”っていうんだけれど、この“無防備”って言葉を、アメリカ人はよく使う。それは裸のままぶつかってありのままをさらけだそう、ってこと。音楽ってどうしてもvulnerableになるものだから、自分の気持ちに反することをやっていると、それが出ちゃう。嫌々やっていることが周りに伝わっちゃう」

Ki-yo はニューヨークへ渡るまでに抱えていた葛藤を、そう綴った。日本では求める音楽が出来なくなっていたのだ。それはある意味、仕方がない。組織に属すると、なかなか個人の自由は認められないものだ。しかしある側面では、組織は、安定や分かりやすいステップアップをもたらしてれくれる。どちらがいいかは、己が決めるほかない。Ki-yo は好きな音楽ができる道を選んだ。ただそれだけのこと。

自分の音楽を作るためには英語が必要だった

ライブの途中、Ki-yo はオーディエンスに「英語は勉強されていますか?」と問いかけた。一部からパラパラと手があがる。

「歌うってことは言葉を使うから、自分の音楽を作ろうと思ったら、英語が完全に自分のものになっている必要があった。だから僕は徹底して、日本人の友達を作らなかった。毎日2、3時間は英会話を聞いて発声練習をしたり、アメリカ人の友達グループの会話にまじったり。そうすると一年半くらい経ったとき、スッと言葉が出てきた。その時つき合っていた人に、夢に向かって歩き出して欲しいという気持ちを伝えたくて。この曲の後はあふれるようにどんどん言葉が出てきて、アルバム『REBORN』が生まれたんだ」

そして始まったのはもちろん、英語で初めて作った曲だという「#1」。明るくリズミカルな曲調は、まさにパン!とはじけたばかりのKi-yoのソウルそのもののように感じる。歌声の素晴らしさは言うまでもないが、その背景にあったストーリーを知ると、胸に伝わる振動の強さが違う。

歌声はまだまだ続いた。ニューヨークの教会で毎週奏でていた「Amazing Grace」から、大ヒット曲「The Only One」まで、この日Ki-yoは全5曲を、NOIZスペシャルライブに捧げてくれた。

平凡な大学生活。安定を求める就職活動。いわゆる“普通の”道から外れそうになると、我々はつい、考えてしまう。大丈夫? 怖くない? しかし、目を輝かせながらピアノを操るKi-yoを見てなお、そんな疑問がわくだろうか。Ki-yoのデビュー曲にちなんであえてこう言おう。答えは、「No No No」だ。

(取材・文 NOIZ編集部 杉本 良子)

【Biography】

高校在学中にシングル「No No No」でデビュー。当時最高記録のパワ-プレイ全国FM17局に選ばれる。高校卒業と同時に上京し、アーティストとして本格的な活動をスタート。3rdシングル「The Only One」が、日本テレビ系のドラマ『Pure Soul~君が僕を忘れても~』の主題歌に起用され、40万枚のヒット。

2010年、NYに活動拠点を移す。全米最大のゴスペルイベント「Mcdonalds Gospel Festival 2010」に、40000人のオーディションを勝ち抜き、27年間の歴史上、初の日本人クワイアーのソリストとして出場。20000人の観客の前で歌い日本人として初優勝。

2012年5月にリリースした、初の全世界同時配信デビューシングル『#1』がアマゾンジャパンのチャート3部門で1位に輝く。

その後現在までにリリースしたシングル、『Dear All My Loves』、『Spend My Life With You』『Need Somebody Tonight』も同チャート1位を記録。全編英語のアルバム”Reborn”がアマゾンチャートの、ポップ部門、ソウル/R&Bチャートで1位を獲得。

ジャケットは、ビヨンセや、マイケルジャクソンを手がけたFuko Chubachiがアートワークを担当。

日本の学生たちとも積極的に交流し、もっと積極的に目標に向かって行くエネルギーと、情熱を持ってほしい、そして自身の海外経験、音楽活動を通して得たもの次の世代に伝えたいとの願いで、来日の際には学校を回り、講演、演奏活動を行っている。

Website: www.ki-yomusic.com

 

【編集後記】

最高のライブでした! やっぱり生音はいい!!! ライブの前は「そんなスゴイ人から私は何が学べるんだろう?」と斜に構えていた部分もあったのですが、やっぱり積極的に動いた人の言葉には、何かかならず宝物があるものです。ちなみにKi-yoさんは、まだまだたくさんのエピソードを話してくださいました。今回お伝えし切れなかった言葉の数々は、後日、インタビュー記事としてお届けします!


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